【半島暮らし】2021.2-えきそあぽ便り 5émé-その1’工芸、そして日常の風景にみるデザイン’

※えきそあぽ とは‥ラテン語由来の外側のという意味。

写真はとある職人的工芸デザイナーの友人の作品。今回はせっかくなのでこのサイトに少しでも近いことを。いきなり硬いタイトルですが、いや、毎日街を歩いていて目に映る風景の中のデザインというものについて改めて考えたりします。(今回は間が空いた代わりに、色々と溜まっているのでその1、としています。)

デザインとはなんだろう、なんて難しいことは言えないですけど日々目にする日常の物質的なところでやはり手に取る瞬間にふと立ち止まって見ることもあります。世界中に様々なデザインが無限にあふれているわけで、色々な呼び名でクリエイターとか呼ばれる人がいて、何かそこに価値観が置かれていたりもするわけです。かっこいいもの、素敵なもの、美しいもの、色々あるわけですが物体が命を吹き込まれる様にデザインという行為が、ものを照らしたりするわけですね。

私は建築のプロではないので難しいことは言えないですしそんなこと嘘でも書けないですけど、例えば建物一つ建つのにたくさんの人が関わっているわけですね。一つの形ができるのに大きな建物程いろんな人が関わっている。これは役割が細分化しているとも言えるのだと思いますがやはり大きなアパートや、公共の施設などは小さな自分の頭では想像ができないほどの作業工程があるのだろうと思ってしまいます。

これはかの有名な美術館の裏側ですが、たまたま近道しようと横切った時に迷い込んだ裏庭の様な場所です。庭一つにしても作り込み方がやはり西洋的思考がおおいに詰まっているわけですが好みやよしあしは別にして、西洋建築の明確なデザインへの思考というものが感じられます。よく言われる、加える美、だとか重ねる、厚みをつける、などの表現は東洋との違いというとわかりやすいところだったりするのでしょうか。

Same picture company もまた、建築という分野においてユニークな色を感じさせてくれるチームだと思うのですが、それぞれのメンバーの顔が見える会社であることは明確です。
仕事に温度がある雰囲気が伝わってきます。

さて、私がこちらでたまたま出逢う人がデザインというものに関わる人がいることもあり、なんとなくそんなことに自然に目が行きます。やはり実際にその人間を知って、そのワークを知ることはさらにそこに宿るその人の力を感じさせられます。例えば、この写真に紹介している友人は全ての工程を殆ど自身で仕上げているためやはり仕上がりに時間はかかりますし、彼の日常の生活の中の時間でそれは直向きに生み出されるように思います。

そこにはその人の他でもないその人だけの時間があり、その工程全てがその作品、物質に宿るように思います。その人の送ってきた時間と、その人の現在というものがある。そしてその周囲に繋がる、血の様なものだとかも含めて私は捉えています。そういうものがモノに映ることは確かだと思いたい私です。それが非常にワクワクさせてくれます。

せっかくなので先日のこと。冒頭でも紹介した仲良しの友人、工芸職人とも言える彼の作品展示を拝見しました。出逢いのタイミングも含めてとても爽やかでお茶目な工芸デザイナーのseiichiさんのことを少し。彼のコツコツとひたむきな姿勢にはなぜかいつも明るい風を感じさせてくれます。

そんな色で言うと明るい新緑と空色が混ざった様な彼の職人的技術には、実は上手く言い表せない色気の様なものが漂っていて、無機質な様で雰囲気がある。そして何より友人としていつも感じる彼の魅力は、どこか品があるのに飾らず、奥ゆかしいところがにじみ出ているところだと思います。彼のワークについてはまた後日にまたググッとフォーカスしてみようと思います。こちらで少し雰囲気ものぞいていただけます。

ついにこのコラムにも登場人物が出てきましたね。街には人が暮らしているんだなぁ、と改めて思う今日この頃です。さて、今年一発目もさほど変わりなくエキソアポ感が出ているでしょうか?混沌とした世の中ではあっても、それとは別のあたたかい気持ちというのはあるもんだと思いたいもんです。

さあさあ、
夜が深まる前に牛乳でもあっためて飲んで眠ろうかな。