【半島暮らし】2020.07-えきそあぽ便り 1er “ひきしお、みちしお、のロマンと事実”

※えきそあぽ とは‥ラテン語由来の外側のという意味。

初めまして。ひょんなご縁から、三浦半島のさらに外側、こちらではさらにより文化的な側面にも触れながら欧州を含む人々のくらしなどについての便りをささやかにおおくりさせていただきます。
縁とは不思議なものです。たまたま居合わせた様々な地域でみうけられる人々の日常にまつわる暮らしぶりや、その土地に生まれた生活の知恵などを気楽に脱線しながら自分なりの視点でお伝えしていきますので気楽にお付き合いいただければ幸いです。それぞれの地域の特性をふまえて生活がどのように変化したかなども個人的に興味が湧くところでして、その’変化’こそがまさに文明の不思議ではないかと勝手にロマンを寄せている次第です。縁のある土地にまつわる様々な視点を絡めながら書いていこうと思います。

ところで、あなた誰ですか?と声が聞こえてきそうなので安心して読んでいただくためにも、自身のことを少しだけ紹介しておきますと、普段は主に絵を描いたり、詩を書いたりしています。とかいうと、えっ?だ、大丈夫ですか?と自分でも突っ込みたくなりますが、物を書いたり、暮らしにまつわる色々を楽しく研究しております。またゆくゆくコラム上で露わになることもあるかとおもいます。

さて、現在はフランス国の首都であるパリ市を拠点に暮らしております。ですので、必然的に欧州での縁のある地域についてのレポートから始めていきたいとおもいます。みなさまもご承知の3月の半ばに始まった自粛期間、たまたまフランスは北西岸地方に当たるブルターニュ地方の半島、モルビアン県に位置するサン・フィリベールという小さなコミューンに居りました。ここもまた、三浦半島と同じく半島の形状を象っています。

半島、この二文字はなんだか本当に面白い言葉です。この二文字を調べてみると、三方位が水に接している陸地のこと。を言うそうです。ラテン語では、パエニンスラ:paeninsula ほぼ 半ば を意味します。半ば、というのは非常に興味深い言葉です。私たちの暮らしは常に、何かと何かの狭間にあることも多い様に感じますし、半島に住む、というところに人間の生活において見逃せないヒントが隠されている気がします。

ブルターニュ半島は、2730キロ程のリアス式を含む海岸線が大きく走る、欧州では最大の干満差が特徴としてあげられます。干満差 仏語では ddifference de marée 写真からもわかるように、太陽と月の引力によって起きる海面の昇降現象のことで、干潮(写真下)、満潮(写真上)の差と言えるでしょうか。そしてこの地域ではその海面の昇降の幅が見た目のレベルでかなり大きく、例えばお昼過ぎには完全に海際がまるで遠くの景色に見えていたのに、夕方過ぎにはまるで海の真ん前にいたかのような錯覚におちいるほどの満ち潮になっているのです。これは毎日、少しずつ時間の伸びなどを変化しながら、繰り返されています。景色が完全に変わる、というのが本当に不思議で面白いです。日本では霧島神社がその例でしょうか。

ところで、この太陽と月の満ち欠けの引力の作用による、完全なる景色の変容について気づくことがあります。というのも、月の満ち欠けやらなんやらという小話は様々な人の間で語られ、神秘、などというジャンルで多く見られますが、ちょっと待ってください、神秘どころか現実的に、むしろシステム的に、いや自動的かつコンスタントに構造上自然現象として絶対的に毎日必ず起きているということなのです。それは本当に不思議でもあり、毎日定期的繰り返されているという事実が、物事のあり方において納得する、という要素を持っているように感じてしまいます。完璧に、定着して毎日起こっているということが幻想ではないという点に注目できるとおもいました。自粛期間などにそれぞれ色々考えることが出てきたと思うのですが、生活とはなんぞや?となぞっていくときに、安心できる要素は何か。だと思うのですが、人間が作り出したシステムや経済のサイクルを上回るレベルで淡々と営まれている自然現象、自然と呼ばれる科学的な視点でのサイクルは私たちに遥かに大きな安心感を与えるのだということを感じました。

そこで、三浦半島の暮らしについてこの点を少し絡めていくと、半島の持つ豊かさとは、自然現象が特徴的に目に見えるレベルで人々の生活に少なからず影響を与えることは確かで、その与えられる影響とは、淡々と営まれる海際の様々な科学的現象たちが実は’事実’と’確かな自然現象’という安定した事柄をより近くに感じながら生きることができるのではないか、という点です。そうなってくると、さらに個人的に言えることはもしかしたら安心のために作り出された何かに頼るよりもこうした確かな自然たちを近くに暮らせることが私たちの必要とする安心の要素になり得るのかもしれない、ということです。

これにはもはや、現実レベルでのロマンが潜んでおり、暮らすことには私たちの持つ感性をフル活用できるわけで、こんなに面白いことはない!という気がします。ちょっといきなり抽象的な話になってしまいましたが、このままいくと、画面からはみ出して文字が打てないほど長くなりそうなので、今日のところは雰囲気だけ、お伝えした上で最初なのでこの辺で控えさせていただきたいとおもいます。勝手ですみません!そして、また次回に呟きを楽しみに待ってていただければ幸いです。

それでは、また。
良い一日を!